「覚悟のススメ」山口貴由先生
レジェンドインタビュー

覚悟完了!!
粉骨砕身、身も魂も全てをマンガに捧げて
闘い続ける俺たちのヒーロー!!
山口貴由先生、参上!!

圧倒的な熱量と、一度目にしたら二度と忘れないような
強い言葉で読者を惹き付けて離さなかった「覚悟のススメ」。
熾烈を極めた当時の執筆エピソードと、先生が信じる
週刊少年チャンピオンの可能性を赤裸々に語ってくれたぞ!!

ぼくには本当にもうこれしかなかった。
満身創痍でやってました。

1994年『週刊少年チャンピオン』13号の表紙を飾っているのは、この号からはじまる新連載のマンガ『覚悟のススメ』の主人公・葉隠覚悟である。にらみつけるような鋭い眼光と、これでもかというくらいに描き込まれた甲冑が印象的なその表紙を、「久しぶりに見るなあ」と懐かしそうに目を細めながら眺める山口貴由先生に、当時を振り返っていただいた。
「下手なんですけど、気持ちはすごく入ってますね。本気さや体温を伝えたいという思いはこもってるけど─マスに向けて作ってる感じはないですね(笑)。

中身のほうもね、落ち着いてコマ運びができてないですね。ラップのフリースタイルというか、マイク持って、勢いでワーッとしゃべっちゃってるような感じ。ケンカ腰で描いてる。確か、この第一話は人気もよくなかったはずですよ。でも、ぼくにはもう本当にこれしかなかったんです。それまでの人生で何も成し遂げたことがなくて、これに賭けてましたから。チャンピオンで描く前って、だいたい一冊分の原稿を描くと連載が終了する、という繰り返しだったんですね。だから、これも九回くらい全力でやって、おそらく単行本二冊くらいで終わるんだろうと、そういうペース配分で始めちゃったんです」

その熱が読者に伝わらないはずがなかった。短距離走の選手のように全速力で走り出した山口先生だったが連載は長期化、『覚悟のススメ』は結果的には完結まで単行本11冊を数える人気作となった。だが、全力疾走のツケは身体の不調という形になって山口先生を苦しめることとなる。
「本当に満身創痍でやってました。ちょうど覚悟が火だるまになってる頃、自分も火だるまになってたんですよ」
覚悟が火だるま、とは、覚悟が致命傷を負わされた敵の大幹部ボルトとの一戦のことを指している(エピソードは単行本六巻に収録)。この戦いで覚悟は両目を失い、業火で全身を焼きつくされるのだが、山口先生自身もまた「焼かれていた」。

「ウィルスって、人体の中でいちばん疲れているところ、弱っているところから入って悪さするんですけど、自分はきき腕にウィルスが入っちゃって、腕が動かなくなっちゃったんですよ。これはもう連載も休まないとしょうがないと思っていたら、当時の編集長からこう言われたんです。
『お前が描けないのはわかった。オレはいいよ。オレはいいけど、お前のマンガに出てくるやつらはこんなときどうする?』
名言ですよね(笑)。そう言われたら、やるしかないじゃないですか。そしてね、やったらできちゃったんです(笑)。もちろん、それ(=体調が万全でないまま描かれた原稿を載せること)が読者にとって喜ばしいことなのかどうかはわからないですけど、でも自分としては、いい台詞をもらったな、と。
そういう言葉がチャンピオン編集部にはある。それはカッコいいなと思いますね」

読者と痛みを共有してくれるようなヒーローが
チャンピオンにはいる。

マンガを熱く語る山口先生だが、意外なことに、幼い頃はマンガ少年ではなかったという。
「ウルトラマンとかああいうのは好きでしたけど、とくにマンガにハマったという記憶はないですね。現実の世界より、マンガの主人公たちのほうがいい暮らしをしているじゃないですか。そこに、ぼくは入り込めなかった」
そんな山口先生がマンガに目覚めたのは高校時代のことだった。マンガの中でも、とくに《劇画》と呼ばれるジャンルの作品に熱中し、小池一夫、宮谷一彦、真崎守といった作家たちの世界に没頭したという。

「ぼくは過酷な物語のほうが(読者は)救われるんじゃないかって思ってるんですよ。で、劇画の世界は過酷だったんですよね。たとえば時代物だったら、身分制度がハッキリ描かれているし。
劇画から受けた影響は大きいです。だから覚悟だって、曽祖父は国際的な犯罪者だし、兄貴は人類を滅ぼそうとしているテロリストなわけじゃないですか。こいつと比べたら、オレの悩みなんて─と思ってもらえたらうれしいですね。まあ、たいていの悩みはそれ(=覚悟の苦悩)よりは小さいんですけど(笑)。

(バックナンバーをパラパラとめくりながら)連載中は、いろんなことがありましたよ。こんなネームが、よく通ったなと思いますね。自分で見ても、これはダメだろうと思いますもん(笑)。少年誌という媒体でこのネームを通すというところが、秋田書店のすごさですよ」
最後に、50周年をむかえる週刊少年チャンピオンへのメッセージを山口先生にうかがった。
「傷を負ったり、大事なものをなくしてしまった少年に、『オレもそれをなくしたよ』とか、『まあ、なんとかなるさ』とか言ってあげられるのが少年マンガ誌のヒーローなんだと思うんですね。そして、チャンピオンには、そういうヒーローがたくさんいます。

というか、チャンピオン以外ではまずお目にかからないヒーローっているんですよ。だって反社会的勢力や囚人がヒーローのマンガ誌なんてほかにないし(笑)。でも、そういうヒーローたちの発する『オレもその痛みを知ってる』という言葉だからこそ、素直に受け取れる子供もいると思うんです。そういうマンガを堂々と掲載するチャンピオンの懐の深さが好きだし、これからもそうあってほしいと思います。

こういうことばかり言ってると、読者に失礼かなとも思うんですけどね。幸せな生活を送っているチャンピオン読者もいるだろうし(笑)、『お前、なに勝手にオレらを不幸だと決めつけてるんだ』って言われちゃうかもしれないから、あくまでも個人的な意見ですけど、リア充というか、恋人と温かい暮らしをしている人にぼくのマンガは必要ないと思うんですね。たぶん向こうも読んでないし(笑)。

ぼくもね、市井の人間としての幸せ行きの列車は見逃してきたし、持っていた切符も無効になってしまったと思うんですけど、そんな最終列車が行ってしまったあとの場所にも結構、人がいるぞということを伝えたいですね。そこに、ぼくもいるし。その列車の例えで言うなら、無効かと思われたその切符が実は有効で、まだ最終列車に間に合うかもしれないというマンガが載っているのが他の雑誌で、無効になった切符を握りしめた拳でブン殴ると強いぞ、というのがチャンピオンじゃないでしょうか(笑)。

もちろん、たとえ一時的なものであっても夢を見せてくれるマンガもすばらしいとは思いますけど、それだけじゃつまらないですよね。今いる場所が終点じゃないよ、物事の見方の角度を変えれば、まだまだ別の場所につながってることがわかるよ、ということを教えてくれる雑誌がチャンピオンなんだと思います。夢って基本的に叶わないものだし、志はなかばで終わるものだけど、終わったものの残骸みたいなものでも宝石になりうるんだ、という世界観だってあると思うんです。変わった子たち、生い立ちが不幸な子たちはいつの時代にもいるだろうけど、チャンピオンにはいつまでも、そんな子たちに向かって『ここに仲間がいるぞ』っていう雑誌であってほしい。
どんなことがあっても『よくあることさ』って強がれるカッコよさ、痛みを共有できるやさしさ、それがチャンピオンのよさだと思います」

山口貴由●やまぐち たかゆき

小池一夫先生の「劇画村塾」に2年間在籍。
1994年に週刊少年チャンピオンで「覚悟のススメ」を連載開始。
2003年にはチャンピオンREDで「シグルイ」を連載し、熱狂的な支持を得た。現在はチャンピオンREDにて「衛府の七忍」を絶賛連載中。

インタビュー・文・写真/島田文昭

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